撤退戦

昭和16年(1942年)12月8日、日本は「新高山登れ」を合図に世界大戦に突入した。この日に撤退戦について書く、というのも、何かの因縁であろうか。真珠湾攻撃に始まり、沖縄戦、広島と長崎に落とされた原爆…。日本は昭和20年8月15日の終戦まで、「一億玉砕」と信じて戦って負けた。大戦中、大本営は嘘の情報を垂れ流し、戦況をごまかし続けた。しかし、前線は、現場は、大変なことになっていた。その構図はいまも変わっていない。戦後は中央省庁が大本営に取って代わった、だけである。

農林省は戦後、食料増産を目的に事業を組み立て、法律を作って農地を縛った。しかし、食料自給率の向上は掛け声だけ。現状でも38%でしかない。一方、その現場を担当した農協はいま、解体の憂き目にあっている。計画を立てた大本営が生き残り、前線に立って闘った農協がおかしいと、まるで国賊扱いだ。法律で縛り、金で縛ったのは、農林省ではないか。大本営は残る。責任は下がとる構図。日本は何も変わってはいない証拠である。

敗戦時に日本の人口は7000万、人口は2008年、1億2800万でピークを打った。まだ山の頂に居るが、これからの人口は坂道を転がり落ちていく。地方には人口減少の波が押し寄せている。そして人口減少はこの国に、撤退戦を強いる。その時、また大本営の誤った作戦指導に振り回されると、敗戦は免れないであろう。では、撤退線で敗戦しないためにはどうするか。現場主義に徹する、それしかない。現場主義、すなわち、地方分権、地方主権である。省庁再編を行って、もっと「小さな政府」にしなければならない。憲法改正・地方主権・省庁再編こそ、これからの撤退戦に勝利するための望ましい姿だ。

国土交通省は、運輸省と建設省が合体して誕生した。しかし、地方分権の“1丁目1番地”であるはずの国道の地方移転は、双方ともに進められない。厚生労働省は、厚生省と労働省が合体した。ここはかつて、年金機構を残すという自分たちの都合で、国民年金を市町村から国が吸い上げるという愚策を採用した。そして結局、収納率を下げた。地方に任せておけば良かったものを、省益のためにいじくって失敗した。しかし、彼らが、その責任を問われることはない。社会福祉の予算は年々大きく膨らんでいる。その差配を握ることで省益を最大化することしか頭にない。世の中、許認可権には利権がつきものだが、その許認可権も手放さず、国益を貪る。

撤退戦の中で、新しい光を生まなければならない。一つはエネルギー分野。小型原子炉「SMR=Small Modular Reactor」の開発だ。標準的な原子炉の電力供給能力は少なくとも1ギガワットあるが、こちらは300メガワット未満とごく小さいが、それでも20万世帯に電気を供給するには十分。大きさもバス1台分くらいで、安全性に加えて取り回しも楽。これが実現できれば、使用済み燃料サイクルが可能となる。使用済み燃料の処理費用の低減、再利用に道を開き、世界中のエネルギー問題と温暖化問題に道を開く。日本の技術が地球の安定と平和に大きく貢献する。

もう一つは、微生物「EM」の普及である。私たち動物も生物も、つまり、地球上の生物は、自己免疫力を持ち、自己蘇生力を持つ。「EM」はその、蘇生を助けてくれるのだ。水に混ぜれば水質の浄化を助け、土に混ぜれば土壌を改良してくれる。三重・英虞湾、タイで着々と成果を上げてきた。生物の原点は微生物。良い微生物が増えれば、その上に生態系が、生物が生まれる。「EM」の中でも、特に光合成菌は、地球草創期から不思議な力を持っている。「EM」は安くて誰でもが使える。その力を借りて、海、水、土壌を蘇生させることも、「いまある資源、ものをどう使うか」の戦いである撤退戦にこそ、必要な技術である。

ただ、この2つの技術は、既成集団の既得権益を脅かす。すなわち、そこに結びついた中央省庁の権益も。そうした勢力のよる圧力を跳ね返すためにも、地方分権を実現させなければならない。現場主義に徹しなければ、撤退戦に勝利することはできない。税金も資金も、地方が使いやすくなれば、現場に対応できる施策をもっと細かく生み出せるようになる。小さい知恵を活かすことも、撤退戦には必要不可欠だ。そのためには地方分権を実現しなければならない。自らの責任も取らない大本営の誤った戦争指導はもう要らない。彼らの愚策にこの国の将来が翻弄されてはならないのである。

金龍

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です